ニホンゴ、チョトデキル

ゲーム中心フリースタイル妄言

「さよならを教えて」感想のようなもの

さよなら…。今、全ての人に贈る最期の言葉。

エロゲだけでなく鬱ゲー、イロモノゲーの話題になると必ずと言っていいほど名前の挙がる作品。「美少女ソフト業界の極北、異形異才異端のソフトハウス」であるCRAFTWORKが2001年(!)に発売した18歳未満購入禁止のアドベンチャーゲームで、ジャンルはファナティックアドベンチャーノベル。出荷数の少なさとワゴン常連な経歴もあり絶対数が少ないがゆえに再注目を浴びた時には一気に価格が高騰。6万円台なんかもザラにある色んな意味で伝説のエロゲ。

 

とにかく色んな方面の知り合いや友人から勧められるも、内容が内容だけに再版は絶望的(あそBDでは修正が入ったらしいし)で、いよいよプレイには諭吉を数人生贄にするしかないと思っていました。

それがまさか2016年になってDL販売が開始。

人生どうなるかわからんもんです。

www.dlsite.com

18歳未満の方はアクセスしないでね

 

で、早速買って遊んでみました。2016年に。

プレイして3年消化に費やしましたが自分に消化できるものじゃないと諦めてこれを書いています。

もうあまりに有名すぎるゲームなわけでやる前から色々仔細は聞き及んでいたので、めちゃめちゃにショックを受けるってことはなかったんですけど。外に広がってる現実のことを考えるとぞっとしないですよね。入院費とか発生してるんだよなあ。

 

感想

とにかくテキストの表現力がすごい。

主人公の一人称視点で進む+ウィンドウいっぱいにテキストが表示される仕様のゲームなので、心理描写が濃密。

事実だけ並べればただの暴力と凌辱でしかない出来事に対しても主人公の内面が常に描かれているので、少女の聖性を恐れるあまりの凶行であるとか、ただただ『かわいいから』手にかけた、暴力的な衝動が発露しただけ、儀式的な意味合いを持っていた、なんてことが詳細にわかってしまう。文章の巧さもあってどんどん引き込まれ、いつしか主人公にドン引きすると同時に同情するような気持ちも芽生えてくる。劣等感やコンプレックスの全くない人間なんていなくて、その中でも主人公の抱えたものは思わず共感してしまう人が多い部類のものだと思います。特に自省して凹みがちな人間はこのゲームは元気なときに限ってプレイしないと足元を掬われて沈んでいく危険すらある。

序盤は破綻も淀みもなく流れていく文章が、あるタイミングを境に少しずつ狂い始める。いきなり電波ゆんゆんではないので、その狂いっぷりがライターさんが狂ってるわけでなく、主人公の狂気であることにきちんと気付ける親切設計。

主人公は常に真面目に真っ直ぐに物事を考えているので、

パンツをはいて、ズボンをはいて、両方脱いで僕は歩き始めた。

急にこういうことをされると驚いて椅子から転げ落ちてしまう(好きです) 

 

そしてテキストの邪魔にならないのに印象的なBGM。最高にいいです。

エッチシーン用の曲がやたら神聖(なのにタイトルが「虚無回廊」)だったり野蛮だったり、なんだか他のゲームとは違うなあっていうのが音楽からも伝わってくる。時間が夕暮れ時に固定されているからか、なんとなく全体にうっすら陰の落ちたような、水気をふくんだ重さのようなものがある。

個人的に「feignant 怠惰」「immobilite et tourbillon 流れとよどみ」の2曲は聞いている時間の長さもあってか印象に残り、気だるげでノスタルジックな旋律が耳に心地良く大好きです。というか主題歌いれて14曲のどれもが素敵。作業用に1曲をずっと流しておいてまったく苦にならない。

こちらもパケ版購入後の応募でOSTがもらえるシステムだったところが、ソフトのDL販売開始に合わせてCDやiTunesでの販売がされています。いい時代。まずは音楽だけでもぜひ。

 

肝心(?)のエロゲとしての実用性については全く未知数な印象。

イベント回想で見ればそこそこ普通(?)なエッチシーンもあるんですけど、通してプレイしていると脈絡がなさすぎたり、エロっていうかグロだったり、主人公の暴走超特急っぷりに置いてけぼりにされてる内に終わってる感じなので。

エロを求めれば採点不能、不条理を求めれば満点、みたいな。

 

あと、文字送りが「中指を立てた手」、ページ送りが「親指を下げた手」なのに気付いたときは、イカれてんなあ…と思いました(褒めてる)

 

 

以下だらだらとネタバレありの感想です。 

配慮は一切ないので未プレイの方はご注意を。

 

 

 

さらなる感想

◆全体

思春期から精神が成長していない人間には刺さりすぎてダメだった。

そこら中にね、溢れてるんですよ。希死念慮みたいなやつが。それでも主人公が肉体の死を選ばない/選べないのは「そうする理由も意味も見つけられないから」。

自分が落ちこぼれてしまったことを、理解はしていても認められない。こうしなきゃいけない、という呪縛は呪いをかけた両親が逝去したことにより解けることはなく、さらに自分には届かなかった教職を真っ当に務めあげている姉という存在が、呪いと劣等感を更新し続ける。求められた成果を出せず、かといって他者との交流も不得手で異性との交際による社会的地位の向上も望めない。自分にはなにもない。嫌だ。意味がないのは嫌だ。存在に足る意味を与えて欲しい。

終始こんな感じで、主人公の意識は過去に囚われている。全部ゲーム内で説明されるけど、自己実現ができずに苦しみもがいてぼろ雑巾みたいになっているのが今の主人公。

意味がないのは嫌だ。
するべきことがないのは嫌だ。 
死ぬべき理由がないのは嫌だ。
僕には意味が…。
僕には…。
僕は…。
僕…。
僕は…。
僕は…誰なんだろう?

なにもできなくても、自分は自分にとって価値のある存在だ。

意味や理由なんてものなくても生きていていい。

そう自然に考えられる人からすれば、このゲームは終始わけのわからないイカれたもので終わるんだろうなと思うし、安定した精神状態とはそういうものなのだと思う。けれど、自己肯定感が低かったり、挫折を引きずっていたり、劣等感を抱えていたり、空腹や寝不足が続いていたり。足元がふらついた状態でプレイしてしまうともうダメで、針先の穴程度の劣等感がどんどん掘り起こされ膨れ上がり、主人公に対して無限に感情移入してしまい地獄のゲームと化す。人見広介は、私だ。このゲームは私の話をしている。動物をいじめる趣味に関してはまったく許せないし感情が無になりますが。

 

他者との交流がほぼ断絶している彼の世界のほとんどは、脳の作ったまぼろしでできている。そのため「僕=自分」「怪物=自分」「お姫様=自分」と、あらゆる存在が自分の分身で構成されてしまった。適切な治療がなされないまま「僕(怪物)を殺して、僕(怪物)から僕が僕(お姫様)を救う」とかいう捻じれた構造が彼の中で罷り通るようになり、最後に彼は本当に「怪物(=お姫様である少女=自分自身)」を殺してしまう。

殺した怪物は自分自身であり、救ってくれてありがとうと結ばれるはずのお姫様でもあるから、怪物を殺した主人公の手元にはなにも残らない。虚無。結局彼が成し遂げたことは、精神的な自殺でしかなかった。

自分の欠点、自分の弱さを直接見つめることができないから、他者に自分を投影し、自分以外のなにかを救うフリをするんです。

自信のない自分を棚に上げて、自分よりも弱っている相手に手を差し伸べる。自分以外のなにかを救うフリをすることで自分を納得させるんです。

可哀想な自分を・・・・でしょ?

そして先生は、自分を投影した相手を思う存分にいたぶり、自分の悪い部分を駆逐したと錯覚して安心するんです。

全部わかってるのにね。

空っぽになった彼は、意味を求めてさまよう。

 

それとシナリオ書いてる人、姉という存在に恨みでも…?と思うくらいお姉ちゃん萌えが一切ないストーリーなのがまた。そんなでも一応肌色スチルはある。

 

巣鴨睦月

「そうです。あのコが僕の畏敬する天使様なのです」

主人公の夢に現れる天使様。――に、酷似した少女。人見先生の認識の中で唯一人間でない存在として捉えられていながら、実際はヒロインの中で唯一の人間。

主人公は彼女を清廉な空気を纏った神聖なものとして見ると同時、そのあまりの聖性に一種の恐怖も覚えている。だから彼から見た天使様は天使とは名ばかり、たまにひどく辛辣で恐ろしい存在になる。でも、だからこそ、そんな少女の自由を奪い、醜く惨めな自分が彼女を好きに犯しているという状況に、主人公は愉悦を感じる。しかしコトが終わればまた、少女の聖性に圧倒され、己の醜さに直面する――という、感情の無限ループ。

このループ自体は他のどの少女に対しても起こっていますが、怯えや恐怖が入り混じっているのは彼女、睦月に対してだけ。彼女だけ「他者」であることがわかってるんですかね、やっぱ。

そしてなんとなく、主人公にとってのヒロインて実は「睦月」ではなくて、彼女を通して彼が見た「天使様」の方なんじゃないか、とか考えてしまう。睦月に惹かれるものがあったとしても、彼の対面しているほとんどが天使様の方であり、結局現実と妄想、どちらをより正視していたのか、わからない。 

彼女の言葉がどこまで本当に語られたもので、どこからが妄想の産物か判断しかねるところもあれですよね。「先生」「人見さん」と呼び方で違うのかと思いきや、『本物の睦月』と思しき相手からも先生と呼ばれたりする。すべてが彼の主観で描かれているので、実際に彼女とどれだけ対話ができていたかも定かではない。あの状態の患者が他の患者と自由に接触できる病院というのも怖いし。

 

ラストシーン。「先生!」と呼び掛けてくる少女たちの中に睦月がいる。

天使様は天に還った。睦月は退院した。どちらも主人公の前から姿を消したはず。

そこで『ヒロインはそれぞれ主人公がこれまでに惹かれてきた女性たちの姿をしている』。そんな話を思い出した。ラストの睦月、彼女はもう「他者である巣鴨睦月」ではなく、彼の中に宿った「彼のための巣鴨睦月」ではないのか。

『神』同士の争いに負けた者は、勝った神の世界の一部として取り込まれ、彼の神話を彩る『引き立て役』に成り下がる。

とっても基本的な話だ。 

 

高田望美

この世を燃やしたって 一番ダメな自分は残るぜ!

 踊るダメ人間 - 筋肉少女帯

でもね、街は燃えても、一番ダメな私は残るの

このゲーム、随所に筋少戸川純の気配があるんですよね。

屋上で真っ赤な町を見下ろしている卵から孵れない少女、高田望美。彼女からはその気配を一層強く感じます。名前からして「ノゾミのなくならない世界」から来ていそうだし。

 

そんな彼女は父親から暴力を受けていると言います。主人公も、厳格で融通の効かない父に殴られたと回想するシーンがある。

 とうさんは、私が憎いのかな?

  ゆ、許して・・・・とう・・・・さん・・・・ 

多分これは、彼が感じていたこと、発した言葉がそのまま反映されているんでしょう。

彼女とのやり取りを通して感じるのは、ひたすらに父親という存在に対する己の無力感。受験に失敗したことにより子供という殻を破れず大人になれなかった彼は、父の作った檻から抜け出すことができなかった。だから望美は屋上から飛び出そうとする。(そうして実際屋上に囚われてなどいないカラスは夜が来る前に巣へと帰り、しかし取り残された彼の目には望美は飛び立てず墜落したように映る)

 

◆田町まひる

さいころ近所に住んでいた、年の離れた幼馴染。

それと同時に昔飼っていた猫と同じ名前の少女。

主人公の良心を反映させた存在であるらしく、彼女と接するときだけ主人公はかなりまともな人間の一面を見せます。まあ、一面といっても1㎠くらいで、結局ほかの面は変わらずヤベーやつなんですけど。

猫と仲良くしていたのは家の中で唯一自分より明らかに目下の存在であるから。

優しさに見えたものは実際、自分の方が圧倒的に強くてその気になれば何でもできるという力関係に由来する優越感からきているのかもしれない。まひるは、いつまでもお兄ちゃんのかわいいまひるでいるから、優しくしてもらえる。(そして人間に懐いた無抵抗な猫は人間の気まぐれと思い付きで無体を働かれる)

 

彼の一瞬の優しさは、性癖や衝動には紙くず同然の儚いものだったわけです。

かわいがりたい、やさしくしたい、ずっと一緒にいたい。そんな気持ちを軽く凌駕する、この生き物を好きなようにこねくり回して虐めたい、殺したらどんな気分がするだろうという興味。愛着がまったくないわけでもないあたり、その歪さに主人公自身も苦しむところがあったみたいですが。

校庭にいる僕の幼なじみも大切ですね。猫のような子で、一度死んでるんです。謝らなきゃ。

 

ただ、本当に、まひるルートは動物が好きな人にはまったくオススメできない。

猫が車に轢かれた姿をリビドーの原体験としている主人公とまひるの最後の行為は、猫を一方的に嬲って弄んで殺すこと。まひる役の声優さんの演技力もあってとにかく見ててしんどいです。まひるがかわいいのが仕方ない的なことを言ってますがそんな理由で正当化できる範疇を軽く超えているので…(そもそも動物相手でなくとも自分の行為の責任は全部自分が背負うべき)

しかもそんな陰惨なイベントに限ってタイトルが「パンケーキとメープルシロップ」とかかわいい感じなので気が狂いそうになりますね。 (好きです)

 

目黒御幸

図書室で司書係をしている女の子。

人付き合いを苦手としており図書室で一人黙々と本を読んでいる。読書家なだけあって(オカルトや哲学などジャンルは偏っているが)博識。軽度の男性恐怖症であるが、異性に対する興味の裏返しにも見える。受験に失敗し両親との関係が拗れる。出来のいい兄がいる。意外と胸が大きい。眼鏡。

攻略キャラの中で一番好きなのに、最も好きと言いにくいキャラ。

(――受験さえ終われば、私は救われる。)

設定といい、こんなことを考えているのといい、彼女、全ヒロインの中で一番主人公の自己投影のつよい、主人公の女体化みたいな存在だと思うから……。

知識を司っているだけあって内面の反映が大きいんですかね。でも好き。暴力的な衝動は受け継がれていませんし。

 

他の女の子たちに比べても、彼女は主人公に対して理解を示します。だってそっくりだから。彼女は「大きな形の中の相似形」の話をしてくれますが、人見広介の中の相似形は目黒御幸のかたちをしている。彼女の痛みは人見広介の痛み。

彼女に親身になって話を聞き、もっと気楽に生きたっていいんだよと励ますことは、鏡に向かってカウンセリングをしているようなものです。御幸ルートは一番自分で自分を救おうとしている感が強かった。人形愛の話からも、主人公は自分が勝手に標本に自分の内面を投影しているだけのことはわかっているみたい。

 

主人公の反転存在みたいなものなのに、自分を卑下しつつもまひるに嫉妬したり、スタイルが悪いと恥じらったり、いじらしい態度が多くどうしてもかわいく思えてしまう女の子。

彼女の凛としつつも少し陰のある声で「先生」と呼ばれるのが一番好き。 

 

上野こより

弓道部員だけれど、怪我をして休んでいる女の子。常に空気の抜けているようなしゃべり方をする。

主人公のことをいきなり「ヘンな人」呼ばわりするあたり容赦のない子です。

 ふふっ、先生ってアレですよねぇ、ムッツリスケベタイプっていうかぁ

先生って、見栄っ張りなんですねぇ

ただ、そういった容赦のない発言も、彼女が主人公の理性を象徴するキャラクターであることを考えながら読むと一番優しいというか、一番現状を理解したうえでこのままじゃマズいと危機感を覚えてのものに思えます。他の女の子と違って彼女だけは主人公に向けて矢をつがえたり、抵抗する意思を見せますし。

でも自分がおかしいことに内心気付いている(ように見える)主人公からすれば、彼女の言葉は下手したら天使様のものよりキツい。身内からの指摘は事実であればあるほど威力があるような。終わらせなくちゃいけない課題を放置して、それを親に指摘されるような居心地の悪さを主人公は彼女に感じる。だから口を塞いだり手足をもいだりする。

2人きりで会話をすると僕は狂いそうになるんですけど安心です。

やっぱどうして彼女の言葉を過剰に気にしてしまうか、わかってますよね?

 

理性であるところの彼女が、登場する少女の中ではもっともスタイルも良く大人っぽい、というのもなんだか感慨深い。

 

 

主人公の精神構造にクセがありすぎるせいでとにかく評価が真っ二つになりそうなゲーム。しかも、刺さる人にはとことん刺さって抜けなくなるタイプのものだと思います。少なくとも私にとってこのゲームはそういうもので、主人公の、雑に言ってしまえば中二病的な思想から抜け出せていないあのテキスト群に完全にノックアウトされました。(元々オーケンや純ちゃんが大好きだからというのもある)

要は主人公が私にとって

この人あたしをわかってる あたしの心を歌ってる 

ノゾミのなくならない世界 - 筋肉少女帯

こういう心理に陥りかねない考えをしている。動物についての考えに関しては以下略

だから、さよならを教えてはエロゲ、というより18禁のゲームで本当によかったと心底思う。これが全年齢対象のゲームで、うっかり思春期の自分が手にしていたらと考えるとゾッとする。18禁にしてくれてありがとう(?)

 

最後、解呪の呪文を唱えて終わりにします。

君が 想う そのままのこと

歌う 誰か 見つけても

すぐに恋に落ちてはダメさ

「お仕事でやってるだけかもよ」 

林檎もぎれビーム! - 大槻ケンヂと絶望少女達