ニホンゴ、チョトデキル

ゲーム中心フリースタイル妄言

「ファミレスを享受せよ」感想のようなもの

永遠のファミレス『ムーンパレス』に迷い込むアドベンチャーゲームです。
なんとドリンクバーもあります。

とても良かった……。


DL版とブラウザ版があります。
作者さんの紹介等ではブラウザ版が紹介されていることが多く、自分も一通りはブラウザ版にてクリアまで到達しています。が、とっても良かったのでDL版も落として手元に残せるようにしました。


・DL版はこちら
www.freem.ne.jp


・ブラウザ版はこっち
oissisui.itch.io


雑感

夜にプレイすると雰囲気が出て更にいい感じです。
ただゲーム概要にある「推定プレイ時間30分〜」は多分ほとんどの人にとって嘘になると思います。自分は2時間半ほどさまよいました。それだけキャラ同士のやり取りが楽しい証拠でもあるのですが、一気にクリアまで目指すなら時間に余裕のあるときがオススメ。


夜に出歩くこと、ましてやひとりでファミレスに入るようなことってまずないし経験もないのですが、不思議なノスタルジーを感じられました。ゲームという体験のコンテンツであることの強みが存分に発揮されている印象。読書とゲームはそれらを通すことであらゆる"体験"を与えることのできるものなんだなと改めて感じた一作です。

夜の色の表現がいいですよね。素敵な配色。
空間を満たす青い夜の色と、月光にも蛍光灯のあかりにも見える黄色と。
夜と宇宙の色は違う。宇宙は真っ暗。


『永遠』を謳うファミレス・ムーンパレスですが、ここでの体験は確かにそれを感じさせるものでした。
間(ま)というか、時間の扱いが上手い作品だなと思います。
キャラクターのセリフは画面上に吹き出しのようなかたちで表示されたウィンドウに出るのですが、オーソドックスなウィンドウが画面下部に表示される形式ではないおかげで、セリフの出るタイミングに緩急をつけられるんですね。これによって沈黙や逡巡を「……」のようなテキストで表現しなくてよくなる。本当にそこに間がある会話が作れる。個人的にかなりいいなと思ったポイントです。
もちろん「……」のようなテキストで沈黙があらわされることもありますが、それによってより表示の間によって表現された間が際立っている気がしました。


老いもない永遠の時間の中で暇を持て余したときにはサ〇ゼ的間違い探しが楽しめるのも良かったです。ゲーム内ミニゲーム大好き。ムーンパレスは永遠なので解けるまで、ゆっくり、何度でも挑戦できます。



そしてなんとドリンクバーもあります。
そもそも宇宙にぽっかり浮かんだような「永遠のファミレス」なるところに気付いたらいた、という時点でかなりファンタジーな世界観であることは明確ではあるんですが、このドリンクバーに用意されている飲み物が更にいい感じに異世界感を盛り上げてくれました。身近で見知った道具なのに、そこから出てくるのは見たことも聞いたこともない名前の飲み物……。「ペンギンソーダ」からは肉っぽい味がします。そしてミルクは品切れ。


以下、ネタバレ有でEDまでの感想。
ちなみにEDは2種類あって、内容もかなりしっかり変わります。
どっちにも触れています。
いつものようにただ感想があるだけのためED2種ともに到達した、完全にクリアした人向け。

全体感

ふんわりファンタジー風味な、VA-11 Hall-Aやコーヒートークみたいな感じで進むと思っていたんですが、いい意味ですごく裏切られました。ファンタジーはファンタジーでもSFだった。
ムーンパレスは月に属する存在が様々な目的で利用する施設で、現在はメンテナンス中だったそうです。


それぞれに思惑や隠し事があったりなかったりしつつ、悪いことを企んでいるような人物は一人もいなかったのがよかったです。
それと合わせて主人公にもしっかりキャラクター付けがされていたのも個人的にとても嬉しかったポイント。みんなでひとつのテーブルに集まったとき主人公の名前がわかって一人で興奮していました。


ムーンパレスの中で登場人物たちは途方もない時間を過ごし、プレイヤーが視点を借りる主人公もまたすさまじい時間を過ごすのですが、これをしっかり体験させてくれるゲーム作りがとてもよかった。
先述のセリフを表示させるタイミングを制御することで沈黙等の間を表現したりだとか、あとはパスワード総当たりに本当に結構な時間がかかるところとか。DDLCでも同じような表現がありましたが、あちらはテキスト自動送りだと本当に膨大な時間がかかるため高速スキップが可能で、片やこちらはスキップできない代わりに合間合間に他のファミレス住民(?)とのやり取りがあり飽きさせない工夫がありました。現実でかかる時間はどちらも同じくらいかもしれないんですが、こちらの方がスキップをしない分、数万年という途方もない時間を本当に過ごしたって体験に迫っている感じがしました。(DDLCの場合は今作と狙う効果が違うと思うのでどちらが優れているとかではないです。どっちの表現も大好き。)


EDにたどり着くことで物語として一つの終わりというか、区切りを迎えるわけですが、うまいこと余白を残してくれているのもよかったです。回収しきれてないことがあるとか、風呂敷をたためてないとかではなくて、世界観についてや語られたけど本筋に関係なかった人物などについて考える余地が残されている。
92番と14番って同じ人?違う人?そもそも月に属する者って?なんで113人?みたいな。
すべてが明らかにされすぎないおかげで世界というか時間というかに奥行きや覗いてみたい隙間がある感じ。クリア後もあれこれ考えられる作品が大好きです。


ブラウザ版でプレイをしたので、今度はDL版でもじっくり遊ばせてもらおうと思います。
なんてったって永遠のファミレスなので。ただ意味もなく起動して、音楽を聴いて、ぼーっとドリンクバーの前にたむろするのもいいかもしれません。


ストーリー、システム、雰囲気、イラスト、キャラクターにワードセンス、音楽どれをとっても世界観にマッチしたまとまり方でとてもよかったです。素敵な作品をありがとうございます!

EDについて

分岐条件が自分の頭だけではわからず、ヒントをもらってなんとか月にふたりぼっちEDまで到達できました。ドリンクバーの飲み物、その場で飲まなきゃいけないルールもないのにずっと機械の前で飲んでいました……。
各EDでの大きな違いは記憶を持ったままムーンパレスを去るか、記憶をなくしてムーンパレスを去るかという部分。

記憶をなくして帰還

飲み物を注いではドリンクバーの前で速攻飲みきっていたときは記憶をなくしての帰還になりました。
何事もなかったかのように日常は続き、スパイクは本人と薬、どちらの記憶が残っているかによって少し暮らしぶりが違います。髪をすこし伸ばしているのがかわいい。彼女からしたら遠い未来に飛ばされるもなんとかなっている様子で、でもシリアルは値上がりしていてちょっと苦しい。
みんなどこか退屈そうではあるものの、日常って案外そういうものかもしれない。月にいるクラインはひとり静かに座っている。

記憶を持ったまま帰還

それぞれの席まで飲み物を持っていき、過去を視たあとにどうするかを話し合った結果、記憶を残したまま帰還することに。
こちらのEDの方が、みんなできちんと話し合いをしただけあってよりそれぞれが前を向いた結末になったのではないかと思います。きっとこっちがbestとかtrue扱いになるんじゃないかな。


地球に戻ったガラスパンと主人公、月へ帰ったセロニカとチェネズのその後が語られる。
しかしクラインとスパイクだけその後どうなったか語られず、流刑の月に座ったふたりの背中を映しエンドロールが流れるばかりでした。でもこれってスパイクの過去を覗いたときにクラインが言っていた「物語というものは満たされた人間に用はないんです」「言に及ばずってやつです」「だから、伝説は女のその後を語っていない……」が実際に示されたということなのかなぁ、と。「それなりに幸せに暮らしたんじゃないですか?」と、そうであったらいいなと思います。
じんわりやさしく、ひんやりとあたたかい初夏の夜みたいな読後感でした。


ちなみにどちらのEDでもクラインのその後について語られるシーンがない。
そもそも彼女の望みはスパイクとの約束を果たすことで、スパイクの記憶が上書きされていようがいまいが、「平和で普通の生活」を送ることができる場所へ届けられれば目的達成なわけなんですよね。だからどちらの結末に辿り着いたとしても彼女は満たされているってことなのかもしれない。
しかし「記憶を上書きして元の自分を忘れて要は別人になる」って薬の効能、彼らの言う「不可逆な精神状態」そのものなのでは……?それはいいのか……?とはちょっと思います。クラインの人外っぽいポイントなのかも。ムーンパレス到着後の人間として暮らした記憶のあるセロニカだと別人にして地球に帰すことはしないかもしれない。

キャラクターについて

主人公


勉強に行き詰った現実逃避かもしれないですけど、主人公のこの動機付けは詩的で素敵(ダジャレではない)
なんとなく冒頭シーンのイメージで受験勉強している学生なのかな?とおもっていたら、まさかの趣味の資格勉強をしていたということで驚きました。しかもその内容が「第一級総合無線通信士」の資格なのもすごい。
軽いノリに見せかけて16桁の総当たりを一人でやってのけたり、初対面の人たちにガンガン話しかけていく丹力があったり、一般人に見せかけた逸般人ぽさがクセになります。ちゃんと喋って個性があって一人のキャラクターとして描かれている主人公なのがとてもいい。
無事帰還したあと、エピローグにて新たな友人を得ているのもよかったです。
がんばって資格取得してほしい。


あとまったく話は変わりますが「独りがふたりの独りになった……」というセリフがなんだかとても好きです。

ガラスパン


硬質さとやわらかさを併せ持った不思議で綺麗な名前。
ムーンパレスの古株で、座っている椅子もなんだか王さまよりもフカフカの良いやつに見えます。「黒い酒」が好きらしく、みんなで集まったとき他の面々が水を飲んでいるっぽいところ、ひとりだけ変わらずいつものステム付きグラスで黒い酒を飲んでいるので笑いました。
最古参でないものの自分より先にいたチェネズは部屋から出てこないため対面できず、一緒にムーンパレスへ訪れた友人のラテラは忽然と姿を消し、一時は平静でいられなかった様子。当たり前の話だし、むしろ現在立ち直っている(ように見える)方がすごいことだなと思います。


彼女もまたエピローグにて新たな友人を得ているのもよかったです。
エビアレルギーの人間が引き寄せられるファミレス・ムーンパレス。

ラテラ

ガラスパンの友達。
ただひとりの脱出者。
存在しないラテラはもうムーンパレスにはいません。


「月は満ちに満ちているしドリンクバーだってある」という声に出して言いたい日本語は彼女発信だった。なかなかのワードセンスの持ち主で羨ましい限りです。


ガラスパンの視点で彼女を見たときの衝撃。しかしそうなると、ガラスパンの過去を視たとき、ラテラの視点でガラスパンを見る場面があるのがどうにも不思議でした。

セロニカ


賢そうな雰囲気を纏った青年。
知的好奇心が旺盛で、死ねない、老いないと聞いてすぐに自決を試してみた行動力おばけ。
すべてを知ってから2周目をプレイすると、あぁ~となる発言がチラホラあります。ボタンを押す順番や回数等も、もしかしたら元の記憶が若干関係しているのかもしれない。シンプルに彼が賢くて閃いたのかもしれないですが。


普段なら時間がかかって完走が難しそうなTRPGシナリオ、クリア想定が数年単位になりそうな深遠なるサーガも、ここムーンパレスなら問題ないのでは?ということで実際にTRPGをシステムから作ってしまった。すごい。推定プレイ時間が10年~100年とすごく振れ幅がありますが、ムーンパレスにいるとそこまで大きな差に感じられないのかも。
そして主人公が16桁のパスワードをブルートフォースアタック総当たりで探っているところに「途中参加もできるように作ってあるからいつでも参加しにきて」と声をかけてくれる。善意のひと。彼以外の112人がみな彼を慈悲と公平のこころが必要な役割に推薦するのにも納得。ただ、慈悲と公平のこころが必要であるにも関わらず、そのこころこそが一番その役割によってすり減りそうなのが致命的な欠陥という感じ。難しいね。


そして物語の一番最初、冒頭のシーンが、物語を知ることによって何を示していたのかわかるようになる構成、大好きです。われわれが一番最初に操作していたのはセロニカだった。
冒頭の段階で「処刑人であるセロニカ」は自らの記憶を消して別人になるため薬を飲んでいて、ムーンパレスへの迷い人である「人間のセロニカ」は上書きされた人格だった。薬は月で暮らす113人の「不可逆な精神状態」が戻せないというだけで、記憶の上書きという作用は人間と同じように得られるらしい。


主人公がムーンパレスに辿り着いてすぐの会話で「セロニカはスパイクのことを一方的に知っている」「スパイクの国の歴史や動乱について聞く」というやり取りがあるのも、一度EDまで到達したあとだとなるほどなと思うところがあります。

レイルロード・スパイク


今は亡き国の王さま。しかし王さまと言っても傲岸不遜なところはなく、人当たりはよく、どんな話にもきちんと耳を傾けてくれる。
ガラスパンの後にムーンパレスへやってきたそれなりの古参らしい。ガラスパンや主人公の時代からみて500年ほど前の時代の人らしいので、ムーンパレスという"点"は時間の流れとか軸みたいなものからは外れた場所にあるのかもしれない。
自国を挟んだ2国の争いに巻き込まれ、国もろとも死ぬはずだったところをクラインにムーンパレスへと逃がされた。クラインとは非常に強い感情でお互いに結ばれている模様。その感情は作中「愛」と表現されていますが、どんな種類のものかは明言されず。しかし相手があの月にいるのだとわかったからには自分自身も(もしかしたら不死身に近い処置を施され)流刑の月に渡り永遠を共にすると思えてしまうくらいになったら、動機が友愛でも恋愛でももはや関係ない感じがしますね。それはもう本当にすべてを越えて「愛」の一言なのかもしれない。


自分はムーンパレスで平穏を味わった、もう十分だ、それよりクラインが心配だ、と月に彼女がいることがわかってからはずっとクラインの心配をしている
スパイクも善意のひとですよね。
制度に振り回され、自分が飾りでしかないことをわかっていて、それでもそんな自分にしかできないこともある、王の飾りを付けられているのは自分しかいないのだ、と覚悟を決めている。民と呼ばれるひとびとを慈しんで、そのささやかな生活が守られるように生きている。すごいひとだ……。そんなものを間近でみせられたらクラインでなくともどうか生き延びてくれと願ってしまう。
クラインにとっては少し友達に似ているという部分もあったのかもしれないし、なかったかもしれない。

チェネズ


ずっと部屋に引きこもっている、今回がムーンパレスの管理初挑戦な管理人。
月に属する者たち、どういうわけか人間との接触を禁じられているのか避けているのか、人目に触れないように行動をしているらしい。セロニカやクラインのように人間の身体を模した状態になれれば出てきていいらしんですが。
ガラスパンが迷い込んだことにより部屋から出られなくなってしまい、ヒドガタを保てなくなって溶けてしまった。そしてそのあいだにガラスパンが地球への帰還等の諸々に必要なエネルギーであるコーヒーミルクを使い切ってしまい更にピンチ。そもそもなんで他の飲食物と同じ場所にエネルギーが?
主人公がやってきた段階で部屋の中のチェネズは「成型前」のドロドロ状態ってことらしい。過去を視たときのドロドロチェネズがだいぶかわいかったので、あの姿でも対面したかったなという気持ちもだいぶあるのですが。不定形のスライム状人外が大好きなので……。
ヒトの形を取れば漂流者の前に姿を現わしても大丈夫というのは、もしかして自分たちの本当の姿が相手にとってのショックになるといけないからなんでしょうか。月に属するひとたちはどうにもなるべく人間を傷つけないようにと振舞っているようだし。


自分に管理の仕事を任せてくれた先輩に迷惑をかけたくないばかりに二進も三進もいかなくなっていたようです。先輩がめちゃくちゃできた先輩で「なにか問題が起きたら責任は私と、あなたに任せて大丈夫と言ったもう一人にあるからね」と言い聞かせていたところ、本当にハプニングが起きてしまったため、チェネズはひとり先輩が流刑にならないよう対処することに決めたのだった……。なお実際は月のルールはそこまで厳しくなかった模様。


というかチェネズからもらえるサ〇ゼの間違い探し、9問目と跋文でワー?!となりました。
跋文で語られている内容を間違い探しでなぞっていたのか……。
魚とヒラタイウオムシは形は違うかもしれないけど大丈夫だったから大丈夫かもしれない。
成型装置の改良が行われるまで月に属する者たちは魚に成型されて、ヒトガタにはなれなかったのかな?

クライン

月の優秀な技術者。
セロニカの友人で、92番を安楽の月へ送り、スパイクをムーンパレスへ逃がし、人格情報の一部をストローに移し、いまは流刑の月にひとり。
「望んで処刑人に選ばれたわけじゃないけど、みんなが自分を一番ふさわしいというのなら」という方向性で処刑人として動いていたセロニカ「望んで王に生まれたわけじゃないけど、民が自分を王と呼ぶのだから自分は王なのだ」と生きていたスパイク、どちらもクラインと深く関わる人物であるのが興味深いです。
片やこれから永遠を共にして、片や一度は友であるにも関わらず永遠の孤独を言い渡さなければならなかった。「永遠の別れは辛いですよ」と口にしたセロニカ自身が友へ永久追放の勧告をしなければならなかったのがしんどい……。

音楽

作者さんがBGMの公開もしてくれています!最高!ありがとうございます!
ただ、曲名がちょっとネタバレチックかなと思ったので一応最後にこっそりと置いておきます。
www.youtube.com
クリア後にこの動画の存在を知ったのですが7曲目のタイトルでじんわりした気持ちになりました。クラインとの対面シーンの曲に添えられているイラストが「クラインの壺」っぽいし、名前のモチーフなのかな?
個人的に「過去を照らす月」が好きな曲です。物寂しさとあたたかさを感じさせる、眠りに就く前のとろとろした時間を思わせる音色、みたいな……。


以上!